2016.5.2

20160430-0501

20160430
伊勢市にて設計中の混構造住居の構造設計の詰めの打合せに大阪に.
・・・の前に奈良に立ち寄り、唐招提寺に.
近頃、柱の空間にものすごく関心があります.
今まで僕は、層(レイヤー)を重ねることを、空間をつくる手掛かりにしてきた気がします.
衣を重ねるように、空気を重ねるように.
そうしてできる、距離、気配、音、動物的、本能的に感じる重なりと包まれが生む身を守られる安心感、居心地を想像して.
そうした中、柱も層の一要素になるのでは、と思いはじめ、そして柱が持つ空間に及ぼす生命感に大きな可能性を感じています.
、、、ということで唐招提寺に.
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やはり、と思う事有り.柱はミースのように均質配置、グリッドの点.
でもそれに取付く周囲の状況でそれぞれの居場所の段階が生まれています.
空気も目線もつながっているけれど、異なる場所の力.
そして、昼いちばん、大阪に.
10年前、僕がお世話になっていた構造設計事務所.
ナビに案内してもらって、近くに駐車して、事務所に向かうも、迷う.都会は恐ろしいところです.
無事到着し、日が暮れるまで打合せ.
所長とこうして一緒にお仕事ができるのがとても嬉しく.
19時.無事打合せが終わり、一息つく.
・・・.
次の日は日曜日.
少し考える.
行きたいところがフツフツと.
この前読んだ、GAの旅特集で、石山修武さんが『設計業は旅家業』とおっしゃていたなぁ、と偉大な方の言葉をいいように味方につけ、
恐る恐る妻に電話する.
『車中泊して明日帰ってもよろしいでしょうか』
お返事が怖かったが、許可していただき、下道で西に180キロ.
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下道の旅は、風情があって良い.
まちの空気を感じるし、信号で止まった時などは、信号隣のアパートの灯から人の生活の気配を感じたりする.
途中、進路方向に向かって長い滞空時間の流れ星.
この日の判断を肯定してくれているよう.
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途中仮眠し、夜が明ける.
6時45分の船に乗り、
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4年越しの再訪.
まだまだ各地に訪れれていないが、数ある心に残る建築のうち、住宅以外だと特に
ラトゥーレット修道院、東京カテドラル、そしてこの豊島美術館が忘れられない.
再訪してもやっぱり素晴らしかった.
そして悔しかった.
虚栄心や、奇を衒うちっぽけな思想からはこの建物は生まれない.
言うまでもなく当たり前だが、内藤さんも、西沢さんもすごいつくり手だ...
この空間にくると、自分が生きているのか死んでいるのかもわからなくなるような感じを受ける.
体はここにあるけれど、心だけになってここに存在しているかのようにも思う.
それはたぶん、白い光の空間の中で、話すことを禁止するルールが、その不思議な空気を生成するのに一役買っているが、そんなのはちっぽけな要素だ.
この場所は、宗教も、思想も越えた、正真正銘、聖地だと思う.
その後豊島をレンタルサイクルで巡り、12時30分 家浦港から宇野港へ.
東に140キロ戻り、最終目的地に.
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浄土寺浄土堂  1194年建立
入った瞬間、おもわず嬉しくて笑った.
少し寡黙な外観からは想像できない豊かな世界が内部に広がっていた.
空間に入ってトリハダがたつことは時々あるけれど、嬉しくて思わず笑ったのは初めてかもしれない.
豊かな空間.
気付いたことはスケッチブック4ページに及ぶが、僕の拙い解説は、この空間の前では恥ずかしいのでやめておく.
朱色に塗られ、水平、直角、45度の3方向、何段にも積み重なった丸柱、丸梁の圧倒的な生命感.
大きな仏さま.
光のグラデーション.さりげなく、扇垂木が陰翳を自然に空間にまわす効果を持つ.
仏様の背面を西側に
して、夕刻になると西側いっぱいにとられた開口が、堂内を朱色に染め、仏様が後光を背負う幻想的な空間になるよう設計されたお堂.
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堂内写真撮影禁止なので、持ってる文献を拝借・・・.
この時代も、インスタレーション的な発想で空間をつくっていたのだ、と思いいたる.
そして、最近思っていたこと、そもそも建築もインスタレーションも垣根はないのだ.
人が感じること.
空気.空間.
それをつくる術.  が設計なのだ.
物事をいやらしくないように自然に感じるように、感じないような感じを設計する術も設計.
5/1帰り道、大阪から大渋滞に巻き込まれ、ぐったりして帰ってきたけれど、得るもの多く、行って良かった.
なんだか、遠征のブログが立て続けになってしまって、よかったのだろうか、と恐縮ですが・・・GWは5
月4日以外休まずお仕事します!
ヨネダ設計舎ホームページURL http://www.yonedasekkeisha.com
米田雅樹 三重県 建築設計事務所